彼女が言った瞬間、世界が真っ黒になった。輝翔の周りには、何もない。混雑していた人込みも、車も、暑苦しかった日差しも、真っ青な空も、何もない。漆黒の、闇のような空間だった。はっきりと見えるのは、自分の姿と―拒絶していた、彼女の姿だけ。
「絵波……!? ど、どこだ……何処にいるんだ……!?」
輝翔は混乱し、辺りを見回した。が、何処にも、先程までの光景は見当たらない。
輝翔は、拒絶を抑え、彼女に向き直った。
「ここは、一体……」
「いい加減、夢の世界に逃げ込むのはやめよう。あの世界は君の作り出した理想の世界、君の夢。『笹崎絵波』は、君の生み出したキャラクター、そして君は、その中に逃げ込んでいただけだ。草薙輝翔」
淡々とした口調で、彼女は全てを告げた。
輝翔は頭を抑え、膝をついた。
「は、はは……」
何がおかしいのか、笑いが止まらない。
「そうさ……そうだったさ……あいつは、絵波は、俺が生み出した夢の中の住人、そして俺は、あいつのそばに居ることで、誰かが支えてくれる、自分に都合のいい世界に居ることで、逃げ出していたんだ…………」
封印していた記憶が甦る。絵波の質問は、輝翔にここが夢だと思い出させようとしていたキーワード、そして輝翔はそれをはぐらかすことで、それを思い出させないようにしていたのだ。
笑ったまま、顔は緊張して戻らない。全身に力が入らない。彼がしばらく嘲笑するかの様に笑う姿を、彼女は無言で見つめていた。
しばらくし、彼はゆらり、と立ち上がった。
「教えてくれよ。あんたは一体、何者なんだ……?」
その表情は、もう全てがどうなってもいい、と言ったものだった。
彼女は彼の瞳をじっと見つめ、静かに口を開いた。
「私は、夢から覚めた世界――『現実』に生きる人間。そして君は、私の生み出した、キャラクター」
彼女が答えた瞬間、
「!?」
輝翔の身体に霧がかかり、足元から少しずつ姿が砂のように粉々に消されていく。
「君は私が生み出した、私の夢の中だけで生きるキャラクター。自分が夢の中でしか生きられないことを知らずに、自分もまた夢の世界を生み出し、駒を作って自分の都合のいいように仕立て上げた夢の世界で生きる、私の
彼女は粉々になっていく彼から目を離さずに、なおも淡々と言葉を続けた。
ああ……そうだったのか……
ここへ来て、初めて輝翔は悟った。彼女に感じていた懐かしさは、自分を生み出した張本人だったから。拒絶していたのは、彼女の気まぐれで自分がいつか消されることを、身体がわかっていたから。
輝翔の身体は、もう首まで消えかけていた。
恐らく、絵波を消していたのは、自分だろう。『絵波』を生み出した輝翔が。これもまた、消されることを知らせる警告だったのだろう。若しくは、恐怖を知らせるための、予知夢のようなもの。でなければ、意思の無い操り人形だと思っていた絵波が、彼女の意思で教えてくれたもの……。
絵波が恐れていた恐怖は、こんなに恐ろしいものだったのか。逃げるためにはぐらかしていた自分を、消えかけた身体で輝翔は激しく悔やんだ。
「う……え、な、み……」
ゴメンな……
最後に放とうとした言葉を放てぬまま、彼の姿は、完全に砂塵と化してしまった。
彼女は、暫く砂の山となった彼を見つめ続けた。
ふと考える。自分は一体、何のために彼を生み出したのだろう。夢の中でしか生きられず、自分の気まぐれで、好きなように動かされ、好きな時に消されるだけの、悲しい存在の彼を……
もしかしたら、それは自分が恐れていたことなのかもしれない。自分も本当は誰かの夢の中の存在、自分が現実だと信じ込んでいる世界は、仕組まれた誰かの夢の中だった……。
その恐怖から逃げ出すために、自らがそんな世界やそんな人間を生み出して、自分がそんな世界で生きているのではないだろうかと言う恐怖から逃げ出すために、自らの都合のためだけに、彼らを生み出してしまったのかもしれない……。
もしかすると、いつか、彼らは『現実』に生きる人間として現れることがあるのではないだろうか。その時には、消される恐怖を感じずに、誰にも操られずに、自分達の思うように生きられるだろう。むしろ、そうであって欲しい。
彼女は、そう願わずにはいられなかった。
だから、今はその時が来るまで、
「おやすみ……」
何処からともなく風が吹いてきて、砂塵を……夢の跡を、跡形もなく吹き消した―
END